こぽこぽと、なにか煮詰まる音が聞こえる、魔法薬の授業中だっただろうか。
それともハーマイオニーが自習に実験している音?
(でも身体を包む香りは嗅ぎ慣れない、若草のような・・・)
ぼんやりと目を開けると、見慣れない天井が目に入った。ひんやりとした石の天井だ。
「目が覚めたか」
はっと、声のした方へ顔を向けると、小さな鍋で何かを煮詰めているスネイプ先生がいた。
そうか、私お腹が痛いから、先生に薬を貰いにきて・・・
先生はちらりと私の方へ視線を向けたがすぐに手元の鍋へと戻した。
「あの・・・先生、私・・・」
相変わらずのお腹の痛みに表情を歪ませながらソファに横になっていた身体を持ち上げる。
こんな事で倒れるなんて情けないと思った、確かに辛いが、病気ではないのだ。
丁寧な手つきでに鍋をかき混ぜていたスネイプ先生は、起き上がった私に目を向けると、顔を背け小さく咳払いをした。
「倒れたんだ、横になっていなさい。もうじき薬も出来上がる」
"もうじき薬が出来上がる"の言葉に、パッとは表情を明るくさせた。
理由も話さないのだから、追い出されるものだと思っていたのに、先生は薬を用意してくれたのだ。
今度こそ本当にやっと、この痛みから解放されるのだと思うと、先生にキスをしてお礼を言いたいほどだった。
(いや、しないけど、ね!)
スネイプ先生は、丹念にかき混ぜていた手を止め、出来を確認すると鍋の中の液体を丁寧にこして、ゴブレットに注いだ。
その薬を手に立ち上がり、私が横になっている向かいのソファに腰を下ろし、ゴブレットをことりと私の前へ置いた。
ゴブレットからは湯気が上がり、甘い香りが鼻孔をくすぐった。
「飲むんだ、全て」
「は、はい!ありがとうございます」
意気揚々とテーブルに置かれたゴブレットを手に取ると、じんわりと暖かさが手に伝わった。
どろりとした灰色の液体、いったい何で煎じられたのかなんてうっかり聞いたらきっと飲めない。
見た目は全然よくないが、立ち上る湯気に含まれた甘い香りにつられ勢いよく口に含み、飲み込んだ。
途端、グッと息が詰まるのを感じた。どろりとした物が喉へ張り付く、
「ま、まずひ・・・」
「かぼちゃジュースでも貰えるのかと思ったのかね?Ms.」
甘い香りにだまされた気がして先生を恨めしげに見つめると、先生は呆れた顔をした。
早く飲んでしまえ、と面倒くさそうに手であおる。
(良薬口に、に、苦しー!)
喉に張り付き口内に広がる苦味を堪えながら、一気に流し込んだ。
息も絶え絶えに薬を全て飲み下した私を見て、空のゴブレットを確認すると、先生は杖を一振りした、
すると薬を煎じていた鍋と私が飲み干したゴブレットが一直線に流しに飛んでいった。
もう一振りするとガチャガチャと盛大な音を立てながらひとりでに洗われていき、
また杖をもう一振りすると、目の前のテーブルにティーセットが現れた。
「効くまでに時間がかかる、よくなるまでここにいる事を許可しよう。・・・紅茶は飲めるか?」
なぜだか先生が幾分か優しくなったような気がするのは、
私の体調が悪いことをわかってくれたからなのだろうか…
先ほど鍋をかき混ぜていた丁寧な手つきで先生は紅茶を入れ始めた。
大変失礼ながら、私はその光景にびっくりしすぎて一言も声を出せなかった。
(こ、紅茶とか!に、似合わない、よ!)
ティーセットを巧みに扱っているスネイプ先生は今まで見たことがない雰囲気、
手元が魔法薬じゃない白のティーセットだなんて、なんだか可笑しい。
心なしか口元が緩んでるような、それになんだか紅茶を入れ慣れているような、
(・・・ていうか、魔法で入れないとか、通すぎないですか、先生)
私の目の前に居るのはスネイプ先生で間違いないよね、と何度か目を瞬いた。
相当マヌケな顔をしていたのか、私を見た先生は眉間にシワを寄せた。
「飲めるのか?飲めないのか?」
「あ、の、飲めます!好きです!」
「そうか」
シンプルな白のカップに紅茶を注いで、私の前へ紅茶が置かれた。
「口直し程度にはなるだろう」
「あ、ありがとうございます!」
苦い薬が口の中に広がったままで辛かったのを、先生はわかって紅茶を入れてくれたようだ。
さりげない優しさに、じんわりと胸が熱くなった。
立ち上った湯気からは、清清しい香りがした。
(わ・・・いい匂い、アールグレイだ)
そのままカップを口元に持っていきゆっくりと口に含む。
(お、美味しい・・・!)
本当に本当にびっくりした。びっくりするほどの美味しさに、実際に飛び上がってしまったほどに。
口内に広がっていた薬の苦みが、アールグレイの香りで満たされる。
これでクッキーがあれば文句なし、なんて思ったが、先生から甘いお菓子が出てきたら
それこそ驚きすぎてまた気を失いかねない。
甘いお菓子も連想出来ない先生だが・・・
「先生がこんなに美味しい紅茶を入れるなんて・・・全然見えない」
「・・・ほう、それは褒めているのかね?」
先生のひやりとした声色にしまった!と思った、つい、ぼそりと心の声が口をついてしまったのだ。
折角の(珍しい)優しさをこんな言葉で台無しにしてしまっては!ごめんなさいそういうつもりじゃなくって!
と言い繕おうと開けた口が、あんぐりとあいたままになった。声が出せなかったのだ、驚きのあまりに。
今日は驚いているばっかりだ、なんて頭の片隅で思いながら、今見た光景が間違っていないかじっと目を凝らす。
(・・・やっぱり先生の耳、赤い)
「茶を入れるのも薬を調合するのも同じようなものだ」
鬱陶しそうに吐き捨てるように言った言葉だが、私にはもう照れ隠しにしか見えなかった。
いつも不機嫌で眉にシワばっかよせて、スリザリン以外の生徒が嫌いそうで、贔屓ばっかりして
嫌いではなかったが好きでもなかった。でも、どうやら私はスネイプ先生を誤解していたようだ。
(ううん、今までちゃんと、先生を見ていなかっただけなのかもしれない)
本当は凄く優しいのかもしれない。
だってほら、我慢できないほどの痛みがもう、和らぎ始めてる、先生の薬のお陰で。
理由も話さない不義理な生徒にも、ちゃんと薬を作ってくれた。
それになんだか、こうやって先生と二人でお茶してるなんて、考えたら凄く不思議で可笑しい。
(先生が白いティーカップ持ってるのも、凄く可笑しい・・・)
ぷっとふきだすと、先生は私の心を見透かしたかのように、眉をむっつりとつり上げた。
「元気になったのなら、速やかに寮へ戻ったらどうだね Ms.?」
「あ、はい!あの、薬ありがとうございました!」
飲み干した紅茶のカップを置いて、立ち上がった。ぺこりと頭を下げて、扉へ足を進めると、待て、と先生の声がかかった。
すると先生も立ち上がって、薬を煎じていた机へ行き、何かを手にとってこちらへ戻ってきた。
私の方へ差し出した手には、手のひらサイズの瓶で、瓶の中にはぎっしりと、先ほど飲んだ灰色の薬が入っていた。
「3日分ほどはあるだろう。もし足りなくなれば、また来るといい」
「あ、ありがとうご、ざいます・・・!」
受け取った瓶からは、先生の手のぬくもりも伝わった。手のぬくもりと一緒に先生の心のあたたかさも伝わった。
どうやら先生への印象は一変して、胸の中に小さく、ぬくもりがじわじわと広がりを見せるように、言い表せない感情に変化した。
実際の所は、その感情が"トキメキ"である事に気が付くまで、もう少しかかるのだけれど。
数日後、"口にだせないあの日"の不調はないにもかかわらず、
魔法薬教授がいるべく部屋の戸を叩く、の姿を見かけたとか、見かけなかったとか 。
//Fin//
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