「そのまま、目を閉じずに」
「え、でもセブ・・・」
しせんをむけて。
生徒が魔法薬の授業で調合し提出したビンを机に並べ、熱心に中身を確認しては、点数を紙へ書き記している。
一向にかまってくれない愛すべきダーリンにどうしてもこちらを向いて欲しくて、
は "追い出されない程度に" 何度か茶々を入れた。
何をしても(たいした事はしていないのだけれど)セブルスは微動だにしないので、少しずつ腹が立っていた。
とは言うのも、実を言えば今日はお互いの気持ちを知って一年の、記念すべき日なのだ。
いつもであれば、セブルスの傍にいられるだけで満足なので、仕事の邪魔なんて微塵もしない。
でも今日くらいは見ているだけじゃなくて、セブルスにも私を見て欲しかった。
それくらいのワガママは、贅沢?
沸々と堪ったイライラと共に、もしかしたら私だけが好きなのかもしれない、なんて不安にもなる訳で。
少しでいいから、私を見て欲しい。
「セブの、ばーか」
「セブの、イカレポンチ」
「セブの・・・うーん・・・あっ、まっくろくろすけ!」
「セブの鈍感」
「セブの・・・うーん・・・」
正直、自分がバカだと思う。
「かまってくれないなら、浮気しちゃうぞ」
彼の性格上、作業を放棄してまでこんなバカな茶々に付き合わないことは天地がひっくり返ってもないとわかっている。
実際、浮気するぞの言葉も、せわしなく書き記していた羽ペンを一瞬止めはしたが、何事も無かったかのように今は作業に戻っている。
(ちぇ、つまらん。本当に浮気するぞコラ)
そんな事、思ってもいないけど。
なんだかその宿題を提出した生徒にすら嫉妬してしまう。
熱心にセブルスに見つめられるなんて、ただの薬品の癖になんてズルイの。
お前のせいで私はセブに見てもらえないんだからね!なんて、心の中で薬品に毒づく。
いったいいつになったら終わるんだろう。永遠に続くのではと思うほど、待ちくたびれた。
ぶつぶつと毒づくのにも疲れて、いつしかうとうととソファに深く沈みこんでいた。
「・・・ぃ・・・ぉぃ、おい!!」
「ん・・・?あ、セブ、作業おしまいなの?」
ぼやける目をこすると、すぐそこにセブの顔があった。いつの間にか眠ってしまったらしい。
セブが見ていた宿題の薬品のビンも、もう綺麗に片されている。
時計を見ると、覚えている限りでは1時間ほどたっていた。
「ああ、終わった。それでだ、」
「うん?」
「我輩が、何だって・・・?」
はたと、思考が停止する。
セブルスの言っている意味がわからなかったからなのだが、すぐになんの事を言っているのか思い出した。
きっとこれは、作業妨害の茶々のことを言っているのだろう。
「な、んの事、かな?」
あからさまに白を切っても無駄な事はわかっているけれど、
セブルスに今後仕事中に部屋へ入るなと言われるのがとてもとても怖かった。
「我輩は馬鹿でいかれて鈍感で、真っ黒なのだろう?」
聞いていませんなんて顔をしておきながら、
私ですらもう何を言ったか覚えていないのに、全部記憶しておくなんてこの人は・・・でももうちょっと可愛くいったはずだもん。
でもなんだろう、どんどんとセブルスの言葉にトゲが多くなっているような気がする。
「我輩の作業を妨害するのがそんなに楽しいかね?」
「ちがっ、そういう事じゃなくて・・・!」
「では、どういう事なのか説明していただこうか、Ms.」
確かに邪魔はしていたけど、こんなに怒らせるはずじゃなかった。
セブルスがこの部屋で私の名前をファミリーネームで呼ぶ時は、とても怒っている時が多い。
そんなに怒らせるような事をした覚えはないのに、セブルスの言葉の温度もとても冷たい。
「セブ・・・あの、あのね・・・」
「どうやら我輩の恋人には浮気願望があるようだ、それも、説明してもらえるのだろうね?」
はっとした、セブルスが怒っているのは、これだ!
こっちを向いてもらいたい一心でぽっと出た言葉だったので、すっかり忘れていた。
「浮気願望なんて、ある訳ないよ!」
「ほう、ではあれは何のつもりで?」
「あれは・・・セブに、こっち向いて欲しくて・・・」
一向に和らがないセブルスの表情と声色に、じわっと目に涙が滲んだ。
一年の記念日に、こんな険悪な雰囲気になりたくなかった。
「セブ・・・ッごめん、なさい・・・」
ぽろぽろとこぼれ落ちる涙に、ふう、っとセブルスはため息をついて、ぐいと私を胸元へ引き寄せた。
私はセブルスにすっぽりとおさまる形で、胸元に埋まった顔をセブルスの方へ向けた。
「ただ、今回だけは、そのいじらしい理由に免じて許してやらなくもない・・・」
「ほんと・・・!」
「だがあんな嘘はもう今後勘弁してくれ、相手もいないのに嫉妬させられては、身がもたん」
ぽかんと口を開けてしまった。そんな言葉が、嫉妬という単語がセブルスの口から出るだなんてと
「セブ、あれだけで嫉妬、したの・・・?」
"あれだけ"という言葉に、さっとセブルスの顔に赤みがさしたのが見えた。
すぐに戻ってしまったので見間違いかとも思ったが、きっと間違いではない。
それに反して私は、セブルスが嫉妬をしてくれた事が嬉しくて、満面の笑みを浮かべた。
「喜ぶんじゃない」
「だって、すっごく嬉しいもの!」
まだ涙に光る瞳を嬉しさに細めると、やっと和らいだセブルスの顔がゆっくりと近づいてきた。
キスだ!とセブルスを迎え入れるべく、さっと目を閉じたのだが、なかなか、どうして、唇が重なる感触がない。
これは絶対に遅すぎる。
そっと目を開けてみると、近づいていた距離が戻って、セブルスがじっと私を見ているだけだった。
「あの・・・セブルス・・・?」
これは私が茶々をいれた罰? 罰なの? オアズケって事なの?
私が訝しげに眉を潜めると、セブルスは口元をイタズラにつり上げた。
「そのまま、目を閉じずに」
「え、でもセブ・・・」
それって目を開けてキスするって事・・・?
と全て言い切る前に、口を塞がれてしまった。
「・・・ッん」
互いに見つめ合ったまま、求め合うようにキスをする。
目を開けていると、表情がわかる分、いつもと違う感覚に背にピリっと電流が走るような、むず痒い感覚がした。
キスの最中の表情が見られるのは、なんというか、
(とても、恥ずかしい・・・)
顔が熱い、きっと真っ赤になっているに違いない・・・
恥ずかしさに負けて、目をつぶってみたはいいものの、
セブルスが変わらず目を開けたままだと思うと、閉じていた方がなんだか恥ずかしい。
(ああ、もう、無理! 恥ずかしい!!!!!!)
「・・・ふっ、セブッ ・・・ストップ!!!」
あまりの恥ずかしさに、セブルスの胸を力いっぱい押して、まだまだ続きそうなキスを強制終了させた。
十分長かったのもあり、恥ずかしかったのもあり、ゼェゼェと肩で息をしている。
「何か、お気に召さない点でもあったかな?」
「何で、目閉じないの!見られるの、凄く恥ずかしいじゃない!」
「が言ったんだろう」
「・・・へ?」
予想だにしない答えに、変な声が出てしまった。
いつキスは目を開けてしようなんて馬鹿な事言ったの私。
そんな事、一言も言った覚えなんてないわ!
「見て欲しかったのだろう?自分を」
「・・・・・・へ?」
にやり、とセブルスは口元をつり上げた。
「お望みとあらば、我輩は目を離さぬよ、永遠に」
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