「何してるんだ、こんなとこで」











私は、その声の主を見上げて絶句した。
彼はいつも以上に眉間にシワをよせて、私を見下ろしている。
その訝しげな瞳を見れば私が今まさにどれほど珍妙な姿を晒しているかがよくわかる。


スリザリンとの合同授業ではいつもよりおしゃれに気合を入れたし、
彼がいるのならば苦手な図書室にも足を運んだ、さりげなく隣に座ってみたりね。
彼の目に止まったら、いい印象を少しでもって、そんな努力をして来たのに、


どうしてこんな失態の場面に彼を連れて来るの、神様!
















かみにふれて。



















今日も、は中庭から少し離れた木陰で読書をしていた。と、いうのは形だけで、
この場所からは彼が、セブルス・スネイプが、図書室で読書をしているのがよく見えたので、
彼が図書室へ来る時は必ず、はここで読書をした、彼を見るために。




見ているだけならば図書室へ行けばいい。と思うかもしれないけど、最初はそうした。
でも正直な所、物陰で本を読んでいるより、お天道様に照らされながら元気よく走り回るほうが性に合ってる。 グリフィンドールの仲間たちはそんなの性質をよく知っているので、 レポート最終日の修羅場でもない限り図書室を利用しないが、
図書室で神妙に本を読む姿を見られようものなら、必ず茶々を入れにくるのだ。




主にジェームズ達が。




その結果"うるさい奴らめ"といやな顔をされながら、彼は図書室を出てしまう。
わるければ、ジェームズ達と言い争いが始まってしまうので、図書室には行けない。

グリフィンドールとスリザリン。
寮が違うだけで距離は大きくなるというのに、この二つの寮はなぜだかいがみ合ってしまう。
図書室や合同授業でしか彼を傍で見る事は中々かなわないし、グリフィンドールというだけで
きっと、彼からはいい印象を受けないだろう。




どうして私はスリザリンじゃなかったんだろう。なんて落ち込みつつ、
ふらふらと出歩いて見つけたのが、図書室の見えるこの場所だった。
ここにくるには少し足場が悪いので、生徒はあまり見かけない。


図書室で彼はいつも決まった場所に座る、一番奥の窓際に。
ここからはちょうど、本に目を落とす彼の横顔が見られた。
ここから見上げる彼の横顔はとても端正で、
頬にかかる黒髪を邪魔そうにかき上げる仕草はたまらない。



なんて、ちょっと変態くさい事も思いながら、
視線と気配にことさら敏感な彼に、私の視線が気がつかれないように慎重に、目を向けている。 本に向けるあの視線を、一度でいいから独り占めしてしてみたかった。






(たしかに、たしかにそうは思っていたけど!)






いつものように、一向にめくられない本を膝に乗せながら眺めていると、不意に強い風が私を駆け抜けた。 胸元まで伸びる長い髪は大きく流され、脇に植えられていた植木に髪の毛が酷く絡まった。 ほんの一部だけならば引き抜くなり切るなりしてしまうのだが、結構な量を枝にとられた。 解いてみようとも思ったが、絡まる髪は知恵の輪のように複雑で、自分で解くには顔が上げられず中々に困難だった。 それに私はあまり器用な方でもなかったりする。






(あーもう!!もうすぐ授業始まっちゃうのに!!)






キーっとなって力いっぱいに絡まる髪を引っ張った時だった、 いつもいつも眺めていた彼が、私に声をかけたのだ。 今さっきまで窓の向こうにいたはずの彼が、目の前で私を怪訝そうに見ている。 確かに今の私は風に煽られて髪はぼさぼさだし、四つん這いで必死に絡まった髪を引きちぎろうとしている。






(こういう場面に連れて来るのは、友達のリリーとか百歩譲ってジェームズ達よ、神様!)






「え、えっと…ここで読書をしていたら、風が吹いて…」


「絡まったのか」





そういうと彼は私の横に膝をついて、絡まる髪に手を伸ばした。
ふわりと彼のローブが頬をかすめる、思わぬ彼との距離に胸がバクバクと鳴り始めた。
こんなにも近くにいられる事なんて今までなかった、早鐘のように鳴る胸が、彼に聞こえてしまうのではないかと心配になる。






「あの!だ、大丈夫なの!自分で出来ると思うし!」


「引き千切ろうとするのはあまり感心しない」


「あ、は、はい… ありがとう」


(見られてた・・・恥ずかし・・・)


「別に、通りすがっただけだ」







ひとつひとつ丁寧に解いていく器用な手先、不思議なくらいするすると枝から解けていく。
いつも見ていた本をめくる細くて綺麗な手は、近くで見ると私より少し大きくて、骨ばっていて、男の人の手だった。



遠くから眺めていた横顔は、近くで見てもやっぱり端正で、


(あれ、でも、)


彼の額がしっとりと汗ばんで、黒髪がぺったりと張り付いていた。
それに胸が不規則に上下して少し息が乱れている。
まるで、走った後のような姿だ。
何か、急ぐ用件があったに違いない。そこに偶然私が出くわしてしまったのだろう。






「ごめんなさい!どこか、急ぐ用があった、のに…!」






これ以上彼を煩わせたくなかった、こんな状況でなければこんな近くに彼がいる事実を喜べるのに、 初めてしっかり私を認識してもらったのが、こんなぼさぼさの髪で、木に髪の毛を絡ませて、迷惑までかけてとんだ失態だ。 それにちゃんと会話をしたのだって、これが初めてなのだ。






「…大した用じゃない。だから、動くな!」

「ご、ごめんなさい!」

「あと少しで解ける」






ずっと解けなければいいのに。そう思ってしまうのは矛盾している上に、不謹慎だろうか。
私はポケットからハンカチをそっと取り出して、汗で光る彼の額へ手を伸ばした。 ふわりとハンカチが彼の額に触れると、驚いたのか解く動きを止め、私の方へ僅かに顔を向けた。





「あ、あの、汗を」





必要ない。と言われてしまうだろうと思ったのだが、彼は私が汗を拭くのを至極不思議そうに見ていた。 息が届いてしまうほどの距離で、こうも見ていられると酷く落ち着かない、顔が熱い。 彼の額を伝う汗を追う私の手も、心臓の激しい鼓動に共鳴するように小刻みに震えてしまっている。





(み、見ないで欲しい・・・)





あまりの恥ずかしさにその視線から逃れようと、伸ばした手を引いた。
途端、彼の手が、私の手首を強く掴んだ。
強く掴まれた拍子に、握っていたハンカチを離してしまった。
ふわりと地面へハンカチが落ちる。





「・・・え?」

(なに?)





反射的に彼へ顔を向けると、口元に生暖かいふにゃりとした感触を感じた。
彼の、セブルス・スネイプの顔が、ぼやけるほどに近くにある事を理解するより早く、さっと彼は身体を離した。 口元から暖かさが消え、ひやりとした風を感じた。





(今のって、)





何を言えば、いいのだろうか。とぼうっとしたままの頭で、彼へ視線を向けると、
彼はすくっと立ち上がり、絡まっていた最後の一束の髪をするりと解いた。





「これ、洗って返す」





私の膝元に落ちたハンカチを拾い上げて、そのまま急ぐように踵を返して建物の中へ行ってしまった。 ぽつりと残されたままの私は、いまだにグルグルと思考をめぐらせて、 絡まった髪の毛以上に頭の中が絡まってしまっている。 唇にそっと自分を指を這わせると、感触がまだありありと残るそこだけが、事実を主張しているようで、





(キス、をされた、らしい)





その事実に頭は中々追いついてくれなかった。
だって理由が思い当たらない、事故にしては、オカシイ事だけはわかる。
よく聞く"つい"ってやつだろうか、だけれど彼からそんな言葉が出てくるとは到底思えない。
…シリウスならともかく。





(何が、どうして、どうなったの、なんで!)





バクバクと激しくなる鼓動と、じんわりと残ったままの唇の感触
私は腰が抜けたように、授業がもう始まっているにもかかわらず、その場に動けずにいた。




リリーが見つけてくれるまで、きっと動けない。
身体も、心も。






初めて言葉を交わして
初めて、キスをして



  

絡まった頭の糸を、どうにかして欲しい






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(多分続く気がする)











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