寒い寒い冬がホグワーツにも到来し、昨夜から降りしきる雪でふんわりとした美しい雪化粧を施した。
初めて過ごす学校での冬。日本でも雪は降るが、降り積もるだけでおとぎ話の世界に入り込んだような、
そんな景色を見る事はなかなかにない。


(シンデレラ城に雪が降り積もったら、こんな感じなのかな)


地下室へ向かう道で、うっとりと見入った後、窓から乗り出して草木に乗った雪を一握り掴んだ。
現在はクリスマス休暇、学校に残っている生徒はほんの一部でどこも静まり返っている。
私はというと、両親がアフリカ旅行へ夫婦水入らずで行ってしまうので学校へ残った。
というのは表の理由で、本当はスネイプ先生と一緒にクリスマスが過ごしたいが為、と言うのが本心なのだ。
両親には来年は最終学年だし勉強で忙しいのでという理由を話したのは、誰にも内緒。

だってこんな寒い季節は、大好き人と一緒に温まりたい、なんて乙女心が疼いてしまうのは仕方のない事よね?
勿論休暇なので授業はない、いつでも好きな時にスネイプ先生に会いにいけるのだ。それが何より嬉しい!
まあ、寂しい片思いなのだけれど。



軽い足取りでスネイプ先生の自室まで向かう。
夏場ですらひんやりとするこの地下室は、冬場になるとまるで冷凍庫だ。
"スリザリンの一年生は寒さに慣れる事が第一課題"と噂で聞いた事があるが、その意味がわかる気がする。
スネイプ先生の寮がよかったと思っていたが、寒さには強くないので自分はグリフィンドールでよかったのかもしれない。
右手を上げ、コンコンと扉のドアをノックした。すると中からいつものように、


「入りたまえ」


という低く心地いい声が響く。
音を立てながら扉を開くと、地下室の廊下とは打って変った暖かさに迎え入れられた。
暖炉をくべている暖かさだけではなくて、いわば人の温もりの温かさかなと、ソファから立ち上がった先生の姿を目に宿す。
私は入るなり勢いよく先生の胸に飛び込んだ、否、飛びついた。



「スネイプ先生!雪がね、積もったの!先生と一緒に見に行きたい!」



これでもかと飛びついたのに、先生はビクともせず私の身体を受け止めた。
見るからには華奢というか細いというか、頼りなさ気な身体つきなのだが、意外に厚い胸板は、男の人なんだなと感じる。



「きっと先生は地下だから知らないでしょう?」



雪が積もったこと、と雪を触ってひんやりとした手のひらを先生の目前に掲げた。
本当は雪を持ってくるつもりが、溶けてしまった。
スネイプはその手をやんわりと自身の手で包み込んだ。
私の手をすっぽりおさめてしまうほど、先生の手は大きい。
冷えた手が、じんわりと先生の熱で温もる。熱が広がるのと同じスピードで、胸の鼓動が脈打った。



「Ms.、この様な行動は感心しないと何度言えばわかるのだね」



この様な行動と言うのは、こうやって用もないのに先生の部屋にお邪魔すること?
それとも、こうやって先生に飛びつくこと?それとも一緒に雪を見ようと誘ったこと?



「・・・今考えているであろう全ての事を言っているのだ、Ms.



脱力したようにため息を付く先生は、そういいながらいつもしっかりと私の相手をしてくれる。
邪険にすることもなく、ちゃんと私の話を聞いてくれる。

(まあ、初めの頃は邪険にされていたけど)

とっても心の優しい人だ、でもそれと同じくらい不器用だけど。
それが今まで見てきた中での、先生への印象。



「だって、ここが好きなんだもの」



先生が好きなんだもの。と言えないのが心苦しい。
だってこれを言ってしまえば、きっと先生は私をここへ用が無ければ入れてくれなくなるに違いない。
私は生徒で、先生は先生。それよりも私が子供すぎるから、きっと相手にもして貰えない、
生徒としてでしか、私は先生と一緒にいる資格を得られない。悲しいけど、こうやって受け入れて貰えるだけで十分幸せなのだ。



「変わった奴だ」



ふっと先生が笑った。先生が笑うととても幸せな気持ちになる、お礼に私も笑顔で返す。



「先生、今日はとっても暖かいのね」



というより、ちょっと暖かすぎる気がしないでもない。
握られたままの手も、凄く暖かい。
スネイプ先生の体温はいつもこの地下室と同じくらいひんやりとしていた気がする、心配になるくらい。



(私より、先生の体温が高いなんて事があるのかしら)



「先生、体調はどう?ちょっと身体が熱い気がするの」

「体調?特に不調はないが・・・身体が熱いのは暖炉の傍にいたからだろう、大丈夫だ」

「そう・・・」



私がさっきまで寒い外にいたから、余計そう感じてしまうのか。
先生の顔色が悪いような気がしたけれど、そういえば顔色は四六時中いいものではない。


「我輩の身体が熱い事を心配するより、自分の冷えた身体を心配したらどうだね?」


この手は冷えすぎだ、と先生は張り付いた私を引き剥がし、暖炉の前のソファへ座らせた。
さり気ない優しさについ顔が緩んでしまうが、私は先生で暖をとりたかった。なんて事は言えない。
大人しく私がソファに座っていると、暖かい紅茶を用意してくれた。



「作業が終わったらで、いいか」

「・・・え?」



出して貰った紅茶を口に含んだ。ビックリするほど美味しいので初めて飲んだ時は飛び上がった。
勝手な想像なのだが、美味しい紅茶を入れるようには到底見えない。
馬鹿正直にそう口にした時、茶を入れるのも薬を調合するのも同じようなものだ、と
先生が少し顔を赤らめながら言っていたのを思い出す。赤らめたのは本当にほんの少しだったけれど。
そういういつもの生活では見られない先生の違う表情を見たくて、許される限り傍にいたいと思った。



「積もった雪を見に行くのだろう?」

「先生大好き!」



ソファから飛び上がって先生に再び飛びつくと、ガチャンとカップが揺れた。
先生はデスクで採点をはじめたので、私は先生の部屋にある珍しい本を本棚から取り出し、時間をつぶす事にした。
正直なところ、本は開きっぱなしのまま、全然進んではいない。
デスクに向かう先生をほとんど無意識に目で追っていたからだ。
気が付くともう日は暮れ、いや、地下室なので時間的に日が暮れているであろう。といった方が正しいか。
夜の帳が折り始めて、辺りはいっそう静けさに包まれた。



「さて、そろそろ上へ出よう。寒いから何か羽織れるものを持っていくといい」

「いいえ!羽織るものはいらないの、このままで大丈夫、ありがとう先生」



頭を振って断ると、先生の眉間のシワが深くなった。
今の私はというと、指定のローブもマフラーもない、室内での出で立ちなので、
先生が心配をするのは当然だ。私だって普段ならこんな薄着で外なんか出たくない。



「どれくらい寒いのかわかっているのか?我輩は生徒にわざわざ風邪をひかせに行く気はない」

「いいの!大丈夫!冬を全身で、えっと…感じてみたいの!」



頑として断ると、凍えても知らんぞ。と少し怒ってしまった。だがぬくぬくしていく訳にはいかないのだ。
実際、一歩部屋を出てみると、日中とは比べ物にならないほどの寒さに身震いをした、が
先生に見られては今度こそ無理やり毛布に包まれてしまうので、にっこりと平気な顔をした。
先生の後ろについて行きながら、地下室の階段を上がり、中庭へと足を進めると、すぐ、
踏み荒らされていない一面の銀世界が目に飛び込んできた。学内からもれる明かりや、廊下のランプなどが反射して
キラキラと雪が煌いて見えた。


「うわぁ、なんて綺麗なの、こんなに綺麗な雪景色、初めて見た」


心からそう感じて、その気持ちを口にしたのだけれど、やはりこの肌を刺すような寒さに、
暖まっていた身体はすぐに冷えて、ガチガチと震え始めた。
ほら見たことか、とスネイプ先生は私を見てため息をついた。


「もう寮にもどれ、そんな格好で雪を見ようなんてよく言ったものだ」

「いや、もうちょっと見ていたい!」


"先生と"という言葉を、寸前で飲み込む。
これだからこどもは、という表情にちくりと胸が痛んだ。
でも譲れないのだ、これだけは。



「愚かな。何を好き好んで ・・・しょうがない、何か羽織る物を持ってこよう」


私のわがままに呆れているだろうに、その優しさがとても嬉しい。
皆は先生のことを怖いとか、陰険だとか、いや、それもあながち違う!とも言い切れないんだけど…
本当はとても優しい人なんだと、声を大にして言いたかった。
こんな先生を知っているのは自分だけだと、そう思ってもいたいけれど。



「先生、本当に羽織るものはいらないの!でも凍えてしまいそうだから・・・」

「・・・なんだ?」

「ぎゅーってして」



ぽかんという表情と訝しんだ表情の半々で、言われた事が中々理解出来ないかのように先生は目を見開いた。
正直もう凍える寸前まできているので、勝手に暖かいローブの中へ飛び込んでしまいたいのだが、
一度、先生から、ぎゅってして欲しいなんて、贅沢な願いを抱いてしまった。
もし嫌がられていたのなら、もう毎日のように飛びついたりはしない。



「先生、寒い・・・」



本当に寒い。カチカチと歯がなる。ここまで先生が無言だという事は、無理だという事なんだろうか。
駄目もとなので、もし断られてしまっても、さほどショックは受けない。・・・受けないつもりだ。
先生をまっすぐに見つめていたが、長い沈黙に耐え切れず、私は足元の雪へ視線を落としきゅっと強く目を閉じた。
強く瞑ってしまわないと、涙がこぼれそうだった。



「あの・・・ごめんなさい・・・」



先生を困らせて、とそう口にしたと同時か、ぶわっという布がはためく音と共に頭から全部すっぽりと黒い布地に包まれた。
驚いて視線を上へ向けると、正面に先生の身体があった。先生の黒く長いローブに包まれて
冷え切った氷のような身体が溶けて暖まるのをはっきりと感じた。



(やっぱり先生は、とても優しい)


「なぜ今更我輩に頼むのだ、いつもの様に飛び込めばいいだろう」

「先生は嫌じゃない?私にいつもこうされるの」

「・・・・・・我輩にどう、答えろと」

「嫌か、嫌じゃないか!」



先生は少し目を泳がせて、うろたえた様だった。
少し可愛い、なんて思ってしまった事は秘密にしよう、きっと怒られてしまう。
先生は困り果てたように息を吐いて、眉を複雑そうに歪ませた、



「嫌でもないし、困らせてもいない」

「・・・本当?」

「そうでなければ、用もないお前を部屋に招き入れるはずがないだろう」



ローブで遠慮がちに私を包んでいただけの腕が、ぐっと腰にまわって引き寄せた。
ぴったりと密着する身体から互いの体温が伝わる。どうしてか、かっと顔が赤くなるのを感じた。
いつも先生に飛びついて、同じように身体を密着させているのに。
腰に回された手に、神経が集中してしまう。



「Ms.、顔が赤いようだが体調でも悪いかね?」


いたずらに口元をつり上げて、くつくつと喉の奥で笑っている。


「た、体調とかじゃなくって!だってぎゅっとって、こ、こういうことじゃ、ないもの・・・」

「ほう、こう言う事とはどんなことだ?」

「こ、腰に手とか、あの・・・その・・・」



しどろもどろ、しどろもどろ。
なんて言うか、形勢逆転をされると、こんなにも恥ずかしくなるとは思わなかった。
というよりは、こんな扱いを男の人から受けた事がないから途端に動揺してしまう。
だってぎゅって言うのは、こう、優しく包み込むような…
腰に腕っていうのは、なんていうか、その…大人な…



「嫌なのか?我輩にこうされる事が」

「そんな!嫌なわけ・・・」



その声色にふと不安が混じったように聞こえて、ふるふると力いっぱい首を振った。



「ならばいい」



ぐっと、腰に回された腕に力が込められた。
早打ちの鐘のように鳴る鼓動は、きっと先生に届いてしまっている。
恥ずかしさに身を離したくなるが、腰にまわった腕は頑として離すまいと言う様に、きつくまわされている。
私は身をあずける様に先生の胸へ顔を埋めた、すると、先生の鼓動が打つのを感じた。
ことんと顔を傾け、耳を当ててみると、私と同じ様に早打つ鼓動が耳にはっきりと届いた。



(先生も、恥ずかしかったりするのかな・・・)



嬉しさに目を細めて先生を見上げると、先生がこちらをじっと見ていた。
胸の鼓動がひどくうるさく鳴る、こんなにドキドキしてしまっては、もう自分は死んでしまうんじゃないかと思うほどに。
視線をじっと絡ませたままでいると、先生の顔がゆっくりと近づいた。
これでもかと高鳴る胸を押し込んで、ぎゅっと強く目を瞑った。

ちゅっと音を立てて、先生の唇が落ちた。



「…え?…おでこ?」

(てっきり自分は、えっと……えー!!)

「大人をからかうな、このマセガキめが」

「え?!からかうって、どこらへん、が!」

「………」

「え?先生何ていったの?聞こえなかった!もう一回!」

「…聞かなくていい、独り言だ」


もう遅い、寮へ帰れ。と詰め寄る私を先生は促した。
確かにもう遅かったので渋々と先生から体を離した、が、がしりと腕を掴まれてローブの中へ引き戻されてしまった。



「その格好で寮まで戻るつもりか馬鹿者、言っただろう、我輩は生徒に風邪を引かせるつもりはない」

「じゃ、どうやって帰れば、」

「送っていこう、我輩のローブから出るな」



(先生大好きー!!)



ぬくもりに包まれながら歩いていると、ベタなのだがこの時間が永遠に続けばと願ってしまう。
次は私が好きかと聞いてみよう、また先生は困ってしまうだろうか。
ずっと傍にいたいと願ったら、先生はどんな顔をするのだろうか。


ぎゅっと先生のローブの裾を掴む手に力が入った。 それに反応するように、私の肩に添えられた先生の手にも、ぎゅっと力が込められた。




(ずっと、ぎゅっと、一緒にいられるといいのに)












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